■ iPadのユーザビリティ:ユーザーテストからの最初の所見
要約:
iPadのアプリは一貫性に欠け、機能の発見しやすさの点で劣るため、ユーザーの偶然のジェスチャーによって、エラーが頻繁に起きてしまう。あからさまな印刷物のメタファーと奇妙なインタラクションスタイルはさらなるユーザビリティ上の問題を引き起こす。
奇抜なインタフェース
iPadのユーザーアプリの第一弾は1993年当時のウェブデザインについての記憶を思い起こさせてくれた。その年はMosaicがイメージマップを最初に導入した年で、それによってどんな画像のどの部分もUIの要素になることが可能になった。結果としてグラフィックデザイナー達は狂喜した。それに意味があるかは別にして、彼らが描けるものならなんでもUIにできるようになったからだ。
iPadのアプリも同じ状況といえる。つまり、表現できるもの、タッチできるものならなんでもこのデバイス上でUIにすることができる。そこには基準もなければ期待値もない。
悪いことに、そこにはタッチしたときにスクリーン上の様々な要素がどのように反応するかについて、よく考えられたアフォーダンスがない場合も多い。基調になっている美的哲学はエッチングされかのような画面いっぱいのフラットなイメージに因るところが非常に大きい。したがって、アクティブにするために呼び出されたビジュアル要素を隆起させたり凹ませたりするためのライティングモデルもなければ、疑似的多次元性もない。
一貫性のないインタラクションデザイン
その問題をさらに悪くしているのは、何かの動かし方を理解したあとも、あるアプリで得たスキルを次のアプリに応用することがユーザーにとって不可能だということである。類似した機能のUIがアプリケーションごとにまるで違うからである。
様々なアプリ上では画像にタッチすることによって以下の5つの結果のどれかが起こりうる:
- 何も起きない
- その画像が大きくなる
- そのアイテムについてより詳細に書かれたページにハイパーリンクで飛ぶ
- そのイメージが反転し、その同じ場所に追加の画像が現れる(例えていうと、新しく出てきたこの画像達はもとの画像の「裏側」になっている)
- ナビゲーション上の選択肢がポップアップする
一番後のデザインを利用していたのはUSA Today(アメリカの全国紙)である。そのウェブサイトでは新聞のロゴをタッチすると、様々なセクションがリストアップされたナビゲーションメニューが立ち上がった。この反応は今回のテストの中でも、たぶん、もっとも予想されなかったものだろう。ユーザーは誰一人それに気づかなかったのである。
iPadのUIはタッチ操作だけで全てを行わなくてはならないので、アプリが違うと同じような操作でもまったく違った反応を返してくることがよくある。
昨日のブックマークの移動の件は、移動ボタンをスライドするにはタッチしたあと一瞬指を静止させてから移動しないと、ボタンの判定よりも画面のスクロールが優先されてしまうため、何度か試してみて画面スクロールしかしない挙動を見て、「このボタンは移動させるためのものではない」と誤認識してしまっていた。
会社で先輩の人がGoodReaderを立ち上げてpdfを開いたあとに元の画面に戻る方法がわからず、アプリを落としたりiPadの再起動までかけても同じ状態が維持されていて困っていた。正解は「画面中央付近をタッチすることでメニューが出て、そこから上の階層に戻れる」だった。
自分でもいろいろ試しながら特定の操作を試したつもりでも、微妙な判定の都合で別の動作が暴発してしまい、結果としてどうすれば目的の動作を実現できるのか初見では気づきにくい、というケースは結構ありそう。
幸いにもただ触ってるだけでも気持ちがいいインターフェースが実現できてるおかげで、アプリ毎に「どこをどう触るとどんな反応が返ってくるのか」を楽しみながら学習するくらいの気分で触ることができている。
それこそ昔のゲームで裏技を探すような気分で新しい操作を模索してたりするけれど、それでもしばらくの間はアプリごとに存在する「便利だけど気づきにくい特殊な操作」が混乱を招く、みたいなことはあるかもしれない。