2006-03-05

[][]技術過剰な時代の絵作りに求められるもの 技術過剰な時代の絵作りに求められるもの - Nao_uの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 技術過剰な時代の絵作りに求められるもの - Nao_uの日記 技術過剰な時代の絵作りに求められるもの - Nao_uの日記 のブックマークコメント

映画版「暗闇のスキャナー」は,ロトスコープ (rotoscope) と呼ばれる手法によって制作されている。ロトスコープは,実写映像をトレースすることによってアニメーションを制作する手法であり,CG導入以前のディズニー映画などにおいて部分的に用いられていた [Wikipedia] 。映画版「スキャナー」では,このロトスコープを用いることによって,有名俳優達の生きた演技とアーティスト達の美術性を融合させた,非常に斬新な表現を生み出している。

もともと写真と比べると不完全な情報しか持ってない、人の手によって描かれた「絵」を見るとき、人間はその絵に足りない情報を自動的に補完しようとする。人間の認識能力は丸の中に目鼻を描いただけの単純な絵からでも表情を読み取ろうとするし、画用紙に筆で一本の横線を引いただけのものからでも、遥かな地平線を想起することだってできる。見る人の想像力しだいでは、元の絵には描かれていない情報さえも創りだしてしまうこともある。むしろ、そのような見る人の想像力を掻きたてるような絵こそが、優れた絵なのかもしれない。

反面、写真や実写に近い映像ではわずかな現実との差異が増幅され、その不自然さが大きな違和感となって際立って見えてしまうこともある。俗に言う「不気味の谷」というのもそういった違和感が原因なんだろう。

どれだけ技術が進歩し、限りなく実写に近い絵が出せるようになったとしてもそれがまったく実写と同じにならない限りは、人間の想像力が介入する余地がある。その想像力が実写との違いを違和感として捕らえるのでなく、その人の見たいものを完全なものとして想像で補ってもらえるようにするために必要なのは、単なる「小手先の技術」ではなく、本質的な「絵を作る力」なんだろう。

個人的な感想ではあるけれど、シェーダーの使い方などの純粋なCG技術は海外から入ってくることが多いけれど、本質的な絵作りの上手さに関してはまだ国内のゲーム開発会社に一日の長があるように感じている。

制作遅延の理由については Wired 最新号の記事に詳しい [Wired1] 。「スキャナー」のアニメーションパートは,リンクレイター監督のロトスコープ作品 "Waking Life" [WakingLife] から引き続きボブ・サビストン [FlatBlackFilms] が担当していたが,チームの統率などに問題が生じたために,途中で交代を余儀なくされたことなどが明かされている。小規模・低予算制作の "Waking Life" とは違って,「スキャナー」では『キアヌ・リーブス主演のハリウッド映画』としての体裁を整える必要がある。そのためには,カット毎に絵柄が変化してしまうようでは困るし,進捗も厳しく管理されなければならない。

ロトスコープにおける実写のトレースは,基本的にはアニメーターの手作業によって行われるが,フレーム間の内挿はソフトウェアによって行われる [Wired2] 。いわゆる「原画」の部分を人が担当し,「動画」を自動生成していると考えることもできる。このように重要な技術面を担当したサビストン氏をも更迭した辺りに,プロデューサーとの間の確執の深さをうかがうことができる。

この映画で使われている「ロトスコープ」の技法自体は大変興味深いものではあるし、これはこれで面白い映像になってはいるものの、絵としてみたときにはまだ今一つこなれてはおらず、最初期のCG映画やトゥーンシェードがまだ珍しかった頃の映像から感じた違和感と似たような微妙さが感じられる。ときどき目を引く面白い映像になっているカットもあるけれど、全体としてみると「絵」としての美しさよりも、実写由来の微妙な生々しさが違和感として感じられる部分も多いし、場面ごとの雰囲気やクオリティにもやや差異があるように感じられる。

リンク先の「trailer」と「trailer2」の2つの動画の同一カットにおける表現の微妙な差から、どこを目指して絵の方向性が修正されてきたのかを推測してみるのも面白いかもしれない。

この映画の制作難航の理由として、おそらく、この技術で効率的に作業を進めるためのワークフローやコストと、監督の作りたいイメージや絵作りとの折り合いが上手くいっていないことも原因の一つだったりするのではないか、とも想像できる。しかし、映画にしてもゲームにしても、このような実写にこだわらない新しい手法でなければ表現できない事もあるだろうから、ひたすらリアルを目指すのとはまた違った道の模索や発展には期待していきたいところではある。