2005-01-13

[][]"感性の起源―ヒトはなぜ苦いものが好きになったか" 都甲 潔 はてなブックマーク -

感性の起源―ヒトはなぜ苦いものが好きになったか (中公新書)

感性の起源―ヒトはなぜ苦いものが好きになったか (中公新書)

バクテリアなどの単細胞生物は毒である苦いものから逃げ、栄養となるあまり物質に近づこうとする。ヒトの赤ちゃんも同様に苦いものを嫌う。粘菌の走化性や温度刺激への反応などを「好き嫌い」として捉えるなら、人間の感覚の根源的な部分はこのような要素から始まっており、同様のものとして考えても良いのではないか、というのが本書の主題のようだ。

味覚・嗅覚の起源、生物の自己組織化とエントロピー、文化による味覚の違いなど、話が拡散気味に広がる上に微生物レベルのミクロな話と文化などのマクロな話を同じようなものとして語るため、全体として何がいいたいのかわかりにくくなってしまっているようにも感じるが、個々の幅広い話題については楽しく読むことができた。

生命とエントロピー

自然はエントロピー増大の方向に向かう。そうすると、形ある状態が自分で勝手にできるのはおかしいということになる。自己組織化は、エントロピー増大の法則に矛盾しているのだろうか?

(中略)

実は、エントロピー増大の法則をもう少し詳しく言うと、この法則は系を構成する要素が相互作用しない理想系の場合を述べている。つまり、互いに相互作用しない要素の集まりについての法則だ。

ところが、脂質2分子膜ではファン・デル・ワールス力という弱い引力で脂質分子同士が引きあい、一様に散らばろうとせず、集まろうとするのである。これは、エントロピー増加とは逆の方向である。

この事実から分かるように、要素が互いに相互作用しあう系では、要素間の力(つまり内部エネルギー)とエントロピーのかね合いで、系の状態が決まる。熱力学の言葉では、内部エネルギーとエントロピーからなる自由エネルギーが、系の状態を決める。

「生命はエントロピー増大の法則に反しているのではないか」という問いに対する分かりやすい説明はあまり見かけないが、そういうものなんだろうか。「内部エネルギー」と「自由エネルギー」については少し調べてみたほうがいいのかも?

味覚センサーについて

色覚がRGBの3原色の組み合わせであらゆる色が表現できるのと同じように、味覚は甘・辛・酸・苦・旨の5要素の組み合わせで表現できるそうだ。特定の食物を味覚センサーで成分分析を行った後に、この5要素に分解して別の成分で同じように感じる味を再現することが可能らしい。実際にものを食べるときには匂いや食感などの要素が大きいのでそれだけで完全に再現できるわけではないが「プリンに醤油でウニの味になる」「麦茶+牛乳+砂糖でコーヒー牛乳の味になる」というのも全く根拠のない話ではないようだ。

三割の法則

業務内容や成績のかんばしくない会社や地方の研修センターなどでは、三割の人の意識改革を推し進めることが肝心とよくいわれる。この三割さえ意識改革に成功したらあとは皆、右へ習え、とばかりに一丸となって走り出す。良い例が旧国鉄である。旧国鉄時代、駅員の中には私たち客と口も聞かない人がいた。何か問いかけると、口を開けるのも面倒なのか、あごで指示していた。周りの駅員も似たり寄ったりであった。ところが、JRとして新生すると、その駅員が同じ人かと思えるくらい変わったりした。資本主義社会の基本原理がやっとわかったのだ。かなりの意識改革が行われたのだろう。これもまた共同現象の一つと考えたい。

「三割の意識改革が全体に広がる」これはチームでの仕事などで経験的になんとなく納得できる話だ。役に立つ場面もありそうなので、覚えておくようにしたい。

[][]"生涯最高の失敗" 田中耕一 はてなブックマーク -

生涯最高の失敗 (朝日選書)

生涯最高の失敗 (朝日選書)


質量分析技術でノーベル化学賞を受賞したサラリーマンエンジニアの田中耕一氏の著書。ノーベル賞受賞のきっかけとなった実験の失敗についてや、「エンジニアとして生きる」ための心構え、受賞後の対談などが主な内容。あまりなじみのない質量分析という専門技術についても素人にも分かりやすく丁寧に解説されていて、エンジニアとしての心構え、ものづくりの重要性についても多くの内容が語られてる。田中氏の技術に対する想いや素朴で真面目な人柄が見えるようだった。

ノーベル賞受賞のきっかけとなった発見は、実験の試料を混ぜる際にアセトンを使うところを間違えてグリセリンと混ぜてしまい、そのまま捨てるのはもったいないからと、その質量を試しに量ってみたらうまく量れてしまった、という失敗から生まれた偶然の出来事だったそうだ。全く考えなしに実験していたわけではなかったようだが、それでもいろいろな偶然が重なって新しい発見に繋がった、というのは面白い。

ノーベル賞関連の話だけでなく、田中氏のこれまでの仕事や通常行っている研究や業務、エンジニアとしての心構えなどについて話もいろいろ興味深い内容が多かった。通常、エンジニアという職種は基礎研究から製品化のテストを行うあたりまでが主な仕事となるが、田中氏は自分で開発した製品の営業から納入・設置・利用法の説明までの一連のサイクルを何度かこなしてきたそうだ。

ひとめぐり経験してみるのは、決して無駄では無いと思います。実際にユーザーと話したことのない技術者は、いくら頭の中でユーザーの要望を理解したと思っていても「肌で分かる」ことがむずかしいと思うのです。マニュアルや仕様書を書く人にとっても、具体的なユーザーを頭に思い浮かべて書けるのと、想像で書くのとでは、出来上がった文章にはっきりと差が出るはずです。

誰かが使うための道具を作るときには忘れてはならないことだと思う。実際に自分自身が使うことなく机上の空論で作られたツールはほとんどの場合とても使いにくく、作業効率が良くないことが多い。何かのツールを作ったり、仕様を決める際には自分自身がそのツールを誰よりも使いこなせるユーザーとして、できる限り使いやすく、効率良く作業が進められるように考えて作らなければならないように思う。

「技術」は何のためにあるのか、最終的な目的は何だったのか、ということは常に忘れないように心がけていきたい。