2007-06-10

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歴史モノっぽい作りではなく、どちらかというと原作グラフィックノベルの映像化みたいな雰囲気だった。まぁこれはこれで。

テルモピュライの戦いを題材とした小説「炎の門*1」は一度読んでみたいのだけど、また値段が上がってる・・・。とりあえず塩野七海「ローマ人の物語」のギリシアの歴史の部分を読み直して復習。

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スパルタ兵士の戦いかたは、ギリシャ方陣

右手に長い槍を持って、左手に大きな盾を持ち、お互いに密集して方陣を組む。ギリシャ方陣では、戦士は隣の兵士の持つ盾の中に身を隠す。兵士の盾は、自分自身を守るためのものではなく、隣に立つ戦友を守るためのもの。

この戦法は、陣形が崩れなければ、威力が強いけれど、兵士がお互いを信用できなくなった瞬間に陣形は崩れ、方陣もろとも潰されてしまう。


菩薩ルールで駆動されるコミュニティでは、常に相手を信用するから、互恵的な振舞いを行うことができる。争い事が事実上消滅するから、非常に効率のいい社会を作れる。

ところが、「菩薩ルール」というのは外に広がっていくことができない。

相手を裏切るという選択肢が存在しないから、初対面の相手に裏切られてしまうと、菩薩側は必ず負ける。同じルールを共有するには、通過儀礼を越えて、対話の相手に中に入ってきてもらわないといけない。


「菩薩ルールは快適だが、仲間を増やせない。交換経済は菩薩の境地には遠いけれど、 信頼できない人とでもコミュニケーションがとれる」。

菩薩メソッドを発見した仏陀もきっと、たぶんこんなジレンマにぶつかったはず。このあたりを誤解した原理派が、全人類菩薩化計画みたいなものをその場の気合だけで発動させたりして、仏教の歴史は血の歴史。

ネット時代。贈与と交換、情報量と流動性。両立不可能だった2つのパラメーターというものは、もしかしたらこれから両立が可能になるのかもしれない。


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